年賀状に見る私の小史  
     
   私のこだわりの一つに年賀状があります。  
   昭和40年奉職以来平成18年までの54年間に皆様から頂いた年賀状はすべて保存してあります。  
   一人昔を懐かしむには、こんなに素晴らしい資料はありません。ありがとうございました。  
   

2018年

平成30年

やっと後期高齢者(?)の仲間に入りました。

ロマンチックな日々を送って楽しく生きて行きます。

   

2017年

平成29年

道の駅日光 「日光街道ニコニコ本陣」を初めて訪問しました。
   

2016年

平成28年

親から預かった遺品を開封し中から貴重な「教育勅語」が見つかりました。

栃木県博物館と相談の結果、長期保管継続のためすべて寄贈いたしました。

館主催の企画展「近代の教育」において、広く公開されました。

   

2015年

平成27年

私どもは二人とも「羊」年生まれです。

今年はその干支の年を迎えました。

パズルになった守り神です。

   

2014年

平成26年

辛いもの大好きの夫婦です。

「ハバネロ」の自家栽培まで始めました。

すごい実のつけ方は、効力にも期待できそうです。

   

2013年

平成25年

すべて作りました。

太ることが心配で、抑制に努力が必要です。

でもうまいなあ

   

2012年

平成24年

大震災の現地を訪問し、しっかり目に焼き付けてきました。

これからの復興状況は、強い関心を持って見続けていきます。

   

2011年

平成23年

露地栽培を「巨峰」で挑戦しました。

手入れをしないと房数も粒数も、さらに枝数も葉数も増え方が半端じゃありません。

   

2010年

平成22年

クラス会出席以外は何の約束もなく、気ままな旅を続けました。

   

2009年

平成21年

思えば藤原中学校の吹奏楽部を創設して以来、40年の年月が経過していました。

家庭では庭全体を彩るイルミネーションづくりに夢中になりました。

   

2008年

平成20年

2年かかったふるさと北海道一周のドライブはほぼ完成です。

アメリカ在住当時、およその州をドライブし、仕上げとして残ったハワイ州をクルーズで楽しみました。

   

2007年

平成19年

秋の中禅寺湖畔は、ゆるりとおにぎりを頬張るには最高のロケーションでした。

   

2006年

平成18年

退職に至った大病を克服しての朝日岳登頂は、画期的な快挙となりました。
   

2005年

平成17年

全部庭に咲いた花です。

1年間にこんなにもたくさんの花で囲まれていたんですね。

   

2004年

平成16年

北海道東半分一周のドライブに出かけました。

行く先々のスポットで使って干支の「さる」の文字を描きました。

   

2003年

平成15年

アメリカの習慣にならって、往復の旅客機と最初の泊だけ予約の、気ままな旅を楽しみました。

どこへ行っても「羊」の大群にめぐり逢い、感動に満ちた旅でした。

 

   

2002年

平成14年

アメリカからの帰国時に持ち帰ったビリヤード。

カラフルな丸い玉と玉がぶつかる乾いた音には、張り詰めた緊張感すらある。

 

   

2001年

平成13年

白い玉砂利を敷き詰めた庭を、福島鮫川産の飛び石で渡っていく。

ほぼ頭に描いた和洋折衷の庭が完成した。

   

2000年

平成12年

北海道の兄が持ってきてくれた実生の「おんこ」、通称「イチイの木」が、こんなにふっくらした甘い実を付けた。

もっとも少年時代の郷愁に浸れる針葉樹だ。

   

1999年

平成11年

二人の息子が社会に飛び立った。

激動の日々が待っていると思うが、自分の力を信じ、人との和を大切にして、まっすぐに歩んでいってもらいたい。

   

1998年

平成10年

渡米前に、ある程度できていた露天風呂ですが、帰国して整備に務め、完成にこぎ着けました。

周りの竹塀をアルミの新建材で固め、ほぼ永久のものとして完成しました。

建仁寺垣を模して組まれ下には白い玉砂利を敷き詰めて立派な憩いの空間にになりました。

前庭の庭園と同じ福島県鮫川の石をあしらった露天風呂「ゆとり」の完成です。

     

1997年

平成9年

3月より帰国  
     

1996年

平成8年

渡米中 アメリカ滞在中は
     

1995年

平成7年

渡米中  
     

1994年

平成6年

4月より渡米中  
   

1993年

平成5年

酉年を祝って、酉の大行進。

新たな人生をめざして、海外での教育めざして邁進中です。

   

1992年

平成4年

息子達の大学進学時期を迎えます。

人生の後半、日本から飛び立ちたくて、海外派遣のための準備を開始した年でした。

   

1991年

平成3年

カラープリンターはまだ手に入っていません。

一言コメントを自筆する欄を設けました。

羊のつもりです。

   

1990年

平成2年

やや焦りを感じ始めました。

「午年」ですから思いっきり跳ねてみます。

   

1989年

昭和64年
平成元年

家族にマルチーズのかわいいナナちゃんが仲間入りしています。
   

1988年

昭和63年

すみません。実は左に掲載していますハガキのサンプルは左半分が切れています。

保存版が見つからず、大変失礼なことになってしまいました。

   

1987年

昭和62年

我が家に建仁寺垣で囲まれた野天風呂が完成しました。

鉄道の駅から最も近いというのがうたい文句です。

よろしかったらいかがですか。

   

1986年

昭和61年

何かと世のすさまじい変革に遅れないように、いやその先をいけるように家族全員で頑張ります。
   

1985年

昭和60年

年賀状が無味乾燥にならないように、一言自筆するようにしました。
   

1984年

昭和59年

わかりづらくなりましたが、周りの小さな絵文字は、十二支の干支で飾っています。
   

1983年

昭和58年

パソコン導入により、その利用をする年賀状づくりに変わりました。

子ども達は小4と小2で最初の作品です。

これ以前の年賀状も職に就いてからのすべての年において残していますが、ここに載せるには及ばず、割愛しています。

     

 
 

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