富良野市麓郷と聞いて、誰もが思い出すのは、あのTVドラマ『北の国から』。北海道富良野市(主に麓郷地区)を舞台にしたフジテレビジョン制作のテレビドラマ。1981年から2002年にかけて放送され、山とじゃがいも畑の麓郷を一躍観光地にのし上げた。

このことで、麓郷に生活していた住民は、観光を中心とした新たな産業の創出による活況で喜ぶ一方、押し寄せる観光客で俗化する麓郷を、寂しく思う人も少なくないのではないだろうか。

訪れる観光客の大半は、麓郷の自然と、頑固で一徹な黒板五郎、そして純と蛍が織りなす北国の素朴な人間を求めてるに違いない。

私は中高時代ここで育った。数十m後ろに、笹藪を切り開いた道を入ると、そこには清水流れる川があり、イワナが釣れた。川の畔は、静かに物思いにふけるにはこれ以上の場所はなく、大好きな空間だった。ここでどれほどの時間を過ごしただろうか。

「北の国から」がヒットした頃、麓郷を訪れた。脳裏に刻み込まれていた麓郷はすでになかった。二度と訪れることはないだろう、しっかりと昔の自然を頭に残したままにしたかったからだ。

母の法事をきっかけに、4年前再びこの地を踏んだ。そこには変わらぬ大自然があった。「大麓山」がゆったりと横たわっていた。大自然は何も変わっていなかった。

富良野駅から車で約30分走り、山間を抜けると突然この風景が広がる。

昔は馬鈴薯(ジャガイモ)が主なる産物で、あちこちに澱粉工場が点在していた。

その乾燥のため、澱粉工場はよく火災を起こしていた。

電気は自家発電で供給されていたが、使用が多くなる夜は電圧が下がり、寝静まる頃には逆に電圧が上がり、家庭では小型トランスをつけて調整していたことを思い出す。

今はタマネギが農業のメイン産業になっていて、「ふらのタマネギ」で親しまれている。

ちょうど収穫期に入っており、集められたタマネギがあちらこちらで出荷を待っていた。

この一帯は東大と深い縁がある。

周囲の広大な森林地帯は、すべて東京大学農学部の付属演習林になっており、上の写真の一番右の山が「大麓山」と言って、当時の帝国大学総長「菊地大麓(きくちたいろく)」の名前からつけられている。

その麓(ふもと)に広がる郷(さと)という意味でつけられたのが「麓郷」。

 

 

 

市街地に入るすぐ手前左側に「森林資料館」がある。東大演習林の事務所だ。昔のままの建物が、資料館として開放されていた。右手にはテニスコートがあり、ここでテニスを覚えた。


東大演習林の事務所をすぎると、そこは麓郷の中心部。広い道路の両側に家が数件。

ここにバスの発着地があり、毎日高校の通学のためのバスに乗下車した場所だ。

地域で唯一の信号が点っていた。

この写真は逆方向から撮っており、写真前方が富良野市街に向かい、後方に行くと小中学校がある。

 


100mぐらい行くと、左手にこの看板。「拾って来た家−やがて町」の看板。この奥に建物ができていたが、なぜか寄る気にはなれなかった。

     
沿道に見かけたアスパラカスとひまわりの畑。
小学校を出てすぐの場所から直線道路を撮影。右手の大きな木のところを右に入るとすぐ中学校だ。
宿泊した「ふらりん」にあった写真集。

1960頃、富良野に行幸された皇太子殿下(今上天皇陛下)

私が住んでいた頃より新しい麓郷市街
現校舎の前の麓郷小学校正面
私が卒業した麓郷中学校
麓郷から通った富良野高等学校 その後焼失した。
ふらりんで見つけた麓郷の地図。