麓郷中学校。

私の母校である。中三1年だけの在籍であったが、最も思い出深い学校である。

昭和33年(1958年)3月卒業し、ここから富良野高校に進学した。

半世紀、ちょうど50年前の学校に訪問した。

すっかり近代的な校舎に変わっていたが、同じ位置に立っており、ここからの眺める自然の雄大さは、今も昔のままだった。

現校長は、卒業生として大変暖かく迎えていただき、懇切親切に応対してくださった。教育への姿勢が感じられて何度も熱いものがこみ上げてきた。

校長室に通されると、壁には勤務した職員の一覧表が見事に整理されて掲示されていた。過去の歴史の認識に立った学校経営は、これまで私も重視してきた考えに見事に一致する。加えて脇に置かれたパソコン機器の充実ぶりには目を見張った。すべて自費で揃え、近代的な経営を目指されていることを知り、これまた大変な親近感を覚えた。

校長は突然書庫から、アルバム等いくつかの冊子を取り出し、「この先生を覚えておられませんか。」という。

「花田吉朗」。忘れるはずもない当時の先生だ。その先生が最近、学校で生かしてほしいとご自分の資料を送ってこられたのだという。夢中になってページを開く。次々と懐かしい写真が・・・。そのうちの数ページを写真に撮らせていただき、下に使わせていただいた。この瞬間、昔にタイムスリップした。

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門を入ると、手入れの行き届いたベコニアが満開だった。
昔の校舎と全く同じ位置である。変わったのは平屋の木造建築が、このように立派な近代建築になったことだ。。

後方を振り返ると、いつも眺めていた昔ながらの自然が広がっていた。

大麓山、富良野岳、・・・。十勝岳連邦の山々が連なっている。

ここから湧き出る豊富な清水が、麓郷の生活を始め、畑作農業の水を供給するなど、恵まれた自然の潤いをたっぷり与え続けてくれている。

 

小山正道 現麓郷中学校長
校長自作の、一大麓郷中沿革史とこれまでに勤務した全職員の名も。長大だが在校当時の先生方の部分を抜粋撮影。

昭和32年度、1年だけの在籍であったが、その当時お世話になった花田先生。

若く、行動的な姿に、全幅の信頼を持って接していたことがまるで昨日のようだ。アルバムから次から次とでてくる50年前の自分の姿。その興奮ぶりに我を忘れてしまった。

ふと我に戻って、お断りをしたうえで、いそいで手持ちのデジカメに納めさせていただいた。当時の几帳面に整理された資料を拝見し、改めて先生のお人柄に触れることができて、感無量であった。

そのうちの一部をこのページに掲載させていただきました。お元気でお過ごしらしく、次回帰道の際には、ぜひご挨拶に行きたいと思っています。

ありがとうございました。

花田先生ご自身の手で再録された文集の表紙。
後方左から、担任の渡辺先生、佐藤先生、花田先生。
騎馬戦
アトラクションの仮装行列
後方の体育館は当時のまま今も残っている。
英語劇「リップ ヴァン ウインクル」 後列一番右が私。
卒業式 昇降口から出る卒業生とそれを見送る在校生のみなさん。
今の校庭。ここには私にも特別な思いがある。右参照
当時のグランドの写真。拡張された校庭は木の根や石がごろごろしていた。それを整備して、今のグランドがある。

小山校長は、自ら校内を案内してくださった。

体育館は、窓枠を入れ替えたり、床を張り替えたりしたが、骨組みは当時のままだという。

この体育館の歴史について、使用している材料やこれに対する地元の様々な応援があったことについて、最近詳しくわかったと言うことで、懇切丁寧にその説明を受けたが、私の記憶があまりに不明朗で、ここに記すことができない。大変申し訳なく、ただただお詫びするのみである。

確かに骨組みは異様を誇っており、他に類を見ない。当時この天井を見上げながら活動した思い出が脳裏に浮かぶ。

入って一番奥の部分は正面になっており、天井には幕が設置できるようになっていて、フロアには舞台もある。ここで開かれた文化祭の一場面「英語劇」の写真も、上に掲載したように見つかった。楽器は、オルガン・木琴・鉄琴と大太鼓・小太鼓の打楽器だったが、一生懸命器楽合奏したことも記憶に甦ってきた。私の数多くの演奏活動の原点はここだったのだ。

ここには、現生徒会による、未来を担うにふさわしい、たくましいスローガンが大きく掲載されていて、思わず「頑張れ!」と期待に胸膨らむものがあった。

向こう側が職員住宅。下の写真は、道路側から撮影したもの。私の義兄もかつてこの学校に勤務したことがあり、その時はこの一角に住んでいた。

体育館へ向かう廊下には、「純」の卒業式シーンのロケの1シーンが飾られていた。

この道の両側に、昔と同じように職員住宅が並んでいた。

メイン通りと100m弱入った中学校の間に流れる、何の変哲もない川であるが、私は思わず車を停めずにはいられなかった。

ここから150mほど先の右手に私が住んでいた家があり、この川は、イワナを釣ったり、一人で物思いに耽ったせせらぎと静けさを与えてくれた思い出の川なのである。