小学校時代を過ごした下多寄小学校から、残りの小学校と中学1年・2年を過ごした上士別に立ち寄った。

4ヶ月で卒業した川南小学校はすでになく、更地になっていた。

9学級あった中学校も、街中に移転し、当時の敷地はJA士別基幹支所上士別支所ライスセンターになっていて、面影は全くなし。

 

しかし確実に残っていたのは、見慣れた山の景色だった。

その風景を撮り歩く。途中で農作業中の二組に出会ったが、共に50年前の父のことを覚えていてくれた。うれしかった。

上士別中学校では、野球部に所属していた。

守備は、ショートを得意とする野球少年。

不思議と華麗な(?)1プレイが頭に残っているが、ただそれだけなのに、後に誇りとして役だった。

この年代の想い出というのは、こんな風に残るものなのであろうか。

次に転校した学校では、グランド造りの真っ最中で、野球部はなく、以来、野球からは遠ざかっていった。

JA士別基幹支所上士別支所ライスセンター全景
ここに上士別中学校があった。左の緑の屋根付近が私が住んでいた住宅のあったところだ。
  元住宅前付近から、よく遊びに出かけた方面の風景
元住宅前付近から、よく遊びに出かけた山にさらに近づく。 この小高い丘からは、黒曜石の矢じりや石斧がたくさん見つけることが出来、時々一人で拾いに行った懐かしい山だ。かなり畑として開墾されていた。
今来た道を振り返ると、遠くにライスセンターが見える。 途中は、米より大豆の作付けが多かった。 近くの田中さんのお宅には、ハボタンが咲いていた。

川南でただ1軒のお店、照後商店。

前回は1級上の照後さんが、覚えていてくれたので再び会いに寄ったが、残念ながら留守であった。