道路の左手が下多寄小学校であるが、私はこの地に来るたびにまずこの下多寄神社を見て、幼き頃の昔を思い出す。

なぜならば小学校時代を過ごした下多寄で、特に印象に残っているのが、下多寄神社で奉納されていた勇壮な獅子舞が頭に残っているからだ。

栃木にも、栗山には有名な獅子舞がある。でもそのすべてが一人獅子だ。何度か目にしたが、私の脳裏に残っている獅子舞とは明らかに違っているために、当時の感動を呼び戻すことにはつながらなかった。

 

この後訪問した同期の川原君から、明日の同期会につながり、その一人の橋本征一君が、その保存・継承に大きく貢献していることを知った。

 

 

下多寄小学校のホームページはこちら

車で超ゆっくり走行しながら、懐かしの下多寄神社を撮影。鳥居の向こうには、想い出の獅子舞がまぶたに浮かんできて、胸のときめきを覚えた。

この地を去ったのは小学校6年生。昭和29年のことであるので、アルバムには数枚の写真しか残っていない。

この神社のお祭りが強く心に残っている割には写真はただ1枚しか残っていない。

私にとってその貴重な写真が右の写真だ。

下多寄の獅子舞について

今回の旅行で、下多寄の獅子舞は、富山県砺波地方から伝えられたことを知った。調べてみると、獅子舞は北陸地方に多く、中でも富山に多い。

富山の獅子舞は、北海道の各地方に伝承されているが、下多寄の獅子は、風連獅子として定着し、今では北海道を代表する芸能となって育ち、継承されている。

郷土の誇りとして末永く保存・継承すべき仕事に関わっている友人にあって、決して忘れてはいけないものが私の心にも残っていたことを密かにうれしく思った。

息子達や孫達も最近祭りに興味を持っているようで、地元の祭りには家族で見学に行っているようだ。幼き頃の郷土の想い出は、強く心に残る。とてもいいことだ。

     

←←
下多寄小学校正面 すぐ左には想い出のオンコの木(いちい)

 

←ちょっと暗いが右隅には薪を背負いながら書物を読む勤勉な「二宮金次郎」の像が残っている。

私は今、その二宮金次郎の終焉の地に住んでいて彼の研究が盛んであるが、どうも史実とはちょっと異なるというのが聞こえてくる。目の前の駅広場のに設置されているモニュメントもこれとは異なる。でもそのことが、昔勤勉な二宮金次郎の話を聞いて、向学心が芽生えたこともあった我々の想い出を改めなければ、とする必要はないと考える。多分二宮金次郎(後の二宮尊徳)も長い人生の中で、いろいろな時期があったであろうと考えたい。