石崎さんとの出会いは4年前(2003年)にさかのぼる。

初めて最北の街稚内を訪れた時、目指すホテルが見つからず、近くにあった商店に入って道を尋ねることから始まった。

ご家族は大変親切で、以来時々連絡を取らせて頂いた。

今回の「北海道ぶらーっと一周2」を実施するに当たり、どうしてももう一度行きたい、そしてお会いしたいという沸き上がってくる強い希望を押さえることができず、名寄から再び北に進路を取った。

到着が暗くなってしまったので、お店の所在は記憶していたが、お寄りせず、翌朝とし、稚内まで来ていることを電話でお知らせした。

覚えていて下さった。それだけでも充分だったのに、翌朝ホテルの玄関を出て車に乗り込むと、細く急な道を1台の対向車があがってくる。

石崎さん親子だった。昨日の連絡でわざわざ迎えに来てくれたという。お互い元気で再会できたことを喜び、挨拶をそこそこにして、急ぎお店の自宅に向かうことになった。

車内での家内との対話
「お母さんは年を取るどころか前よりも若いね。これほどまでにしてくれる石崎さんは、どういう仕事をされていた方なのだろう。お店も新しいし、・・・」

娘さんの案内で、お店に寄らずにまっすぐ自宅母屋の玄関口へ向かう。

よく手入れをされ、工夫のされた美しい庭が目に飛び込んできた。娘さんを中心に家族で設計したという。

我が家の庭園にはない、とても美しく、西欧風のメルヘンチックな温かみに溢れた庭園に、しばし目を奪われる。

二階に上がると、広い居間と大きく豪華な座卓。室内は見事に整理整頓されていて、快適そのもの。外に目をやると眺め(下の写真)もよく、このようなところに住んでみたいとつい本音が出る。

土地家屋はいくらでも見つけることは可能ですよ、とあっさり言われ、その後の道中でも度々話題になるほど心を動かされたのは事実だ。


娘さんは、とてもしっとりした、作法も心得た日本的な美人だ。お母さんの品位と素養をしっかりと引き継いでおられる。

懐かしい整頓された居間に案内され、、いろいろ不思議な縁について会話が弾む。テーブルには娘さんとわざわざ作ってくれていた手作り饅頭も並べられていた。ふっくらとして甘さも程よく、しっとりと上品な味わいに、とてもおいしくできていた。ここでも感謝感激。

最近も私共がどうしているだろう、と話題が出ていたらしい。

普段の予定では今日は出かける予定であったが、虫が知らせたのか取りやめにしていたこと。

旅行ツアーで、度々本州を訪れたが栃木は寄れなかった。

昔は漁船を保有していて、たいへん裕福で豪勢な生活をしていた。その船も売却して、今は駅前にアパートを保有している。大漁旗を迎えた当時が懐かしいと。

東京まで日帰りで買い物に出かけたこともあったという。etc.

居間からの眺めは、広くゆったりとしている。左方向が、利尻・礼文島を目前に眺められる絶景の公園。左方向が稚内市内方面へ。山の向こうはノシャップ岬方面だ。

店主を務める長男さん。
上から下まで寸分の隙もない堂々たる商人風に、余裕と風格が感じられる。

時には長女も手伝い、仲良くお店を経営。

お店は、私がこれまで見てきたスタイルとは大きく異なる。

右手一帯に商品が陳列されているが、正面カウンターのレジは至極当然。

しかしその脇はご覧の通りの憩いの一角にもなっている。
幟があったり、オーディオがあったり、すだれがあったり、豪華テーブルや椅子が設置されていて、そこには商品とは異なる果物があったり。

およそ私が想像し見てきた商人の世界とは明らかに異なる。

社会で求められているこのゆとりと余裕が、ご姉弟やお母さんの、穏やかで親切で品位に溢れた家族を構成する要因なのかもしれない。

誰もがあこがれるであろう北国ながらの人間味溢れた暮らしを垣間見た。

 

家内が着用している青のジャンパーはこの時頂いた。私は赤のジャンバー。思いがけないペアルックで、気に入ってこの後の旅でも、帰宅してからも多に使わせて頂いています。
本当にありがとうございました。

持ち味を出した特徴あるお店の内部。こうしてみるとまるで応接間と見間違う。

彼は大のシンシナティレッズの熱狂的なフアンであることは前回知らされた。

その時旅を終えて帰宅してから、アメリカシンシナティに在住当時入手したレッズのサインボールを持っていたが、それを贈らせてもらった。彼は今もそれを大切にしてくれているという。

その他のコレクションもたくさん持っていて、それがお店の中のボックスの中にきちんと整理されて収納されていることにも驚いた。

 

これを見ると一帯何屋さんのお店、と目を疑ってしまう。