積丹半島で、この半島一番のお薦めという神威岬。

日本海の荒波が創り出した奇岩、断崖が立ち並ぶ景勝地と聞いてきたが、その期待は裏切られなかった。

 

お昼のおにぎりを持参しての探勝となったが、周りの景色の変化に富む美しさに追われて、結局食べるきっかけを失ってしまった。

神威岬

大海原へとダイナミックにせり出した神威岬の先端までは、駐車場か ら約770m。

両側に日本海の雄大な眺めが広がる遊歩道「チャレンカ の小道」をたどっていくと、20分ほどで周囲300度の丸みを帯びた水線を見ることができる。

 

神威岩

岬の先端から眼下に見る神威岩は、澄み切った海中に立ち尽くす乙女の 化身とも言われています。

駐車場からは、2つのコースがある。

1つは、展望台コース。

他の一つは灯台コース。
   いわゆる 『チャレンカの小道』である。

 

 

まずは展望台コースへ

日本海を北西方向に突き出した形で迫り出した、その先端にある神威岬。

展望台の石碑には、神居岩・神威岬・に関する伝説が刻まれていた。

「文治五年(1189)平泉の戦いに敗れた源義経は兄源頼朝に追われ、蝦夷地の日高平取の酋長宅にたどり着いた。
酋長の娘「チャレンカ」は義経を強く恋い慕っていたが、義経は時をむなしく過ごすのに忍びなく、行方を告げずに酋長宅を出て北へ進み、神威岬にたどり着く。それを知ったチャレンカは義経の後を追い、やっと神威岬に着いたが、時遅く義経はすでに船出した後だった。・・・」

チャレンカが大声で叫んでも折からの強風にかき消されて届すかず、悲しみにくれたチャレンカは、「和人の船、婦女を乗せてここを過ぐればすなわち覆沈せん」という恨みの言葉を残して海に身を投げてしまい、その姿がやがて岩と化したと言い伝えられているのが神威岩だそうだ。以来、女性を乗せた船がこの沖を過ぎようとすると必ず転覆したため、神威岩はかつて女人禁制の地となってしまった、と伝えられいる。

展望台に向かう道は、このような道が何本かある。どれも最終は同じだ。
神居岩・神威岬の伝説の碑
 
駐車場の上に見える海岸線は、西の方向だ。 灯台方面を見ると、先端には伝説そのままに神居岩が見える。 北の方向には積丹半島が見える。

続いて、チャレンカの小道に入る。

強風の時はこの扉は閉じられて行くことができない。
不思議なことに今回は逆に無風状態。

門のすぐ右には、このような立て札が立っている。

チャレンカの小道

300度の視界は、すでに始まっていた。

灯台へと至る尾根道(遊歩道“チャレンカの小道”)を歩いて行くと、およそ20分程で先端にたどりつくらしい。

「チャレンカ」の気持ちで歩く。

先端部分には、盛り上がって地層がはっきり露出している部分も。

  神威岬灯台

灯台DATAが記されている。

明治21年(1888年)に点灯。北海道の現存灯台では5番目に古い。地上約12m。

神威岩

強風吹くことが多いはずの日本海も、きょうはこの静けさ。

神威岬先端の岩に埋め込まれた、岬の位置を表す標識

 

突端から下を除くと、崖下に積丹ブルーを発見

 

 

最初にあったのは、スカイマークのグループ。井出さん、メール待っています。 札幌市中央区でアクセサリー販売をやっいるというお二人。底抜けの明るさに若者を感じました。メール待っています。

落日が迫っていたので、多分このような場所まで訪れてくるのは私共が最後だろうと思ったら、次々と若者が訪れました。

この断崖の先端で夕日を眺めたいという思いは同じのようです。

若さ(?)は共通するのでしょうね。

 

お約束の通り、写真を掲載させて頂きました。ご覧になりましたら、ぜひメールください。待っています。

 mailto:fukui@fukuichi.org

全国一周一人旅を続けておられるという柏井さん。今日も車中泊だそうですが、風邪引かなかったですか。目的は無事達成しましたか。島根に帰ってから自農の野菜を使った飲食店経営を目指しているそうですが、いつかお邪魔したいです。
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)さんの実家のすぐ近くだそうですが、私共はハーンの曾孫さんにアメリカで会いました。よろしく伝えて下さい。  
岬の先端から灯台を振り返る。 神威岬の夕日は、少し雲のさえぎりをはねのけて輝いていた。 夕日と一緒に豪快にのどの渇きを取る。
 
これからの帰路の全貌が目に入る。狭い道の両側は断崖絶壁だ。