市内にはいると両側のどの家も大きなダメージを受けている。

道路上の瓦礫は撤去されていて、路面が妙にきれいに見えたが、周りの惨状と何か不釣り合いでもあった。

   

駐車場だったようにも見えるし、流されてきたようにも見える2台の車。

持ち主の承諾がないとむやみに撤去できないということを報道で聞いたような気がするが・・・。

   

この自動車はこの交差点に泊まっているのではない。流れ着いた瓦礫の上に乗っかっているのだ。

ということはここまで水位があったということか。

   
家の壁に残された痕跡により、ここはこの高さまで津波が押し寄せたことをはっきり物語っている。
   

 

 

 

 

 

1階部分と2階部分の差が大きく、地震より津波にって破壊された被害であることを物語っている。

1階の残された柱も傾いていて、結局全倒壊と同じ惨状である。

   

この地域は、道路のアップダウンから想像してやや高いようだ。1階が津波に遭っているようには見えない。

左奥の建物は道路側にかなり傾斜しているが、これは明らかに地震によるものだろう。

わずかな差が明暗を分けている。

   

瓦礫の処理が進んでいるのか、平地のようになっているところもあった。

この写真を見る限り、流失してきた物というより、地震による倒壊のように見える。道路の側石も比較的きれいだ。

   
   
2011.03.11 東北地方太平洋沖地震
  私の目が見た  の記録です
       
石巻市内通過で見た惨状    

 名取りICより再び仙台東部道路に入り、仙台港北ICより三陸自動車道に入る。松島を経過し甚大な被害が伝えられた東松島市に入るが自動車道からは木々に視界を遮られて被害の様子はわからない。すぐに目的地の石巻港ICとなり、下りて石巻港へと南進する。市内に入ると様相は一変した。

 市内に入る信号機がほとんど消えていて、道路も時折陥没したりゆがんだりしているために、どの車ものろのろと注意運転となって、交差点では警察官の手信号によって誘導されていた。出会った警察官は、ジャケットとパトカーのナンバーから全て兵庫県警であることがわかった。また、河口付近では自衛隊が瓦礫の処理作業を行っていて、復旧のかなりの遅さが心配された。途中泥に埋もれた線路を通過したことに気がついたが、のろのろとはいえ車列がつながっていて撮影するゆとりはなかった。そこが踏切であることは、両側の大きく曲がりくねった線路とその先の開けた空間で仙石線通過とわかったものの、これでは仙石線の復旧は、まだかなり先になることが一目でわかる惨状だった。

       
名取市内から集積された被災品 閖上小学校校庭と3階からの眺望 閖上小学校校舎内 名取市内と閖上小中学校全景
       
石巻市内 石巻市魚町石巻漁港 石巻市渡波小学校避難所 我が家の被災