渡波小学校校舎。(渡波避難所)

すでに閉鎖されていて、前回訪問時に見られた人の動きは全くなくなっていた。

   

避難所として使われていた部屋もがらんとしているが、開け放たれたままの窓やドアが利用されていた当時の形跡を残している。

 

   
   

かっては児童が手洗いやうがいに並んだであろう水道、児童のいない廊下の静けさはなおさらむなしさをつのらせる。

   
   

 

 

 

 

避難所の解消により無人化している校舎だが、出入り口のドアが開いたままになっていることに寂しさがつのる。

ここはほぼ1mまで海水が来たそうだ。

   

ここは避難している人たちの子供たちの児童室として使われていた。たくさんあった図書もほとんどなくなっている。

 

            
   

ボランティアのテントが立ち並んでいたところに我が愛車が1台だけ止まっている。

枯れた木々が津波の痕跡として残っている。

   
   
2011.03.11 東北地方太平洋沖地震
私の目が見た  の記録第2弾
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石巻市渡波小学校避難所その後  

 石巻市内の避難所はすでにすべてが撤去され、この渡波小学校避難所もすでにその役目を終えていた。校庭・校舎・体育館にはすでに人影はなく、破壊された教室の入り口の戸が開いたままになっていることに被災の名残を漂わせている。

渡波一帯は地震による陥没がひどかったが、道路は度盛りで改修され、一見復興したかに見えるが、度盛りの高さから判断すると住宅まで再建することはかなり難しそうだ。

       
名取市内から集積された被災品2 閖上小学校校庭と閖上中学校 閖上小学校校舎内 名取市内の惨状と復興の兆し
 
石巻市渡波小学校避難所その後 石巻市魚町と石巻漁港 女川町に見る地震の爪痕