閖上小学校の体育館は、市内各地で回収される被災品の集積場になっていた。

入り口に残された鉢植えの花が静かに迎えてくれた。

   
風はなかったが、少し揺らいでいるように見えた。
   

区分された被災品

ステージにもあふれていた前回だったが、今はない。

それだけ被災した皆さんの手元に戻っていればいいが。

   

会場の様子から、ここを訪れる人も少なくなっているようだ。

でもすべてがここから温かい家庭に戻ることを切に願いたい。

   

「閖上魂」の横断幕は、館内のたくさんの被災品を見守っているようだ。

   
ファイルに整理された写真
   
ビニール袋に入れられているのは、収容場所が同一だからだろうか。
   
簡易ながら工夫されたアルバム盾。
   
一つ、或いは1枚だけでも見つかってくれればいいのだが、・・・。
   
賞状入れた筒の蓋には、中に入れられた賞状がわかるように表示されていた。
   

東北大会で活躍している音色が聞こえてくるようだ。

仲間意識が働いて、思わずシャッターを切った。

   
こうして見ると被災品の数は格段に減っていることはわかるが、・・・。
   
整理された被災品のすべてが何らかの工夫が施されて整理しされている。
   

これだけ時間をかけて回ったのに、相変わらず時計は止まったままだ。

生活が激変した時間を、いつまでも残す貴重な証人に違いない。

   

位牌の数も減少していない。

背景を想像すると背筋が寒くなる。

   
下2枚が訪問時の11月の閖上小学校体育館全景だ。
   

 

 

 

 

会場には見守る人の姿はなかった。

半年前の訪問時より格段に整理されていた。

思いが込められて整理されていることに、深い絆が感じられる。

   

体育館の時計は、あの大震災の発生時刻を示したままだった。

ここに来ると時間は止まる。

   

思い出を探す一家族がいた。

真剣に見入る姿に声をかける勇気がでなかった。

   
フードを深々とかぶった姿で、整理された番号の段ボールから資料を取り出していた。
   
写真ファイル
   

探しに来た人のために最大限工夫整理されていることがよくわかる。

   

写真に見入る姿。

一緒に被災した人たちへの思いが重なっているようだ。

   
被災品が持ち込まれるときに使用されたケースの上に並べられた被災品。
   
写真立てや額は見やすく棚に並べられていた。
   
ケースに入ったままのピアニカは、そのまま水に浮かびやすかったのではないだろうか。
   
簡易アルバムの表紙が同じなのは、整理に当たった人たちによるのだろうか。
   
探しに訪れる人たちへの思いにも、精一杯の心が込められている。
   

半年前は立錐の隙間もないほど被災品であふれていた。

フロアにこれだけ空きができたことは、それだけ身内の手元に戻ったことだろう。

   
今回もっとも感じたのは、引き取られたランドセルがあまりにも少ないと言うことだ。
   

片隅に閖上中同窓生の呼びかけるメモがあった。

ガンバつてほしい、そしていつかみんなが集まって語り合える日が来ることを切に願っています。

   
中央および右側の部分。
   
2011.03.11 東北地方太平洋沖地震
私の目が見た  の記録第2弾
      第1弾はこちら
名取市内から集積された被災品  

前回訪問時には、市内各地から回収された被災品がどんどん運び込まれている最中で、広い体育館は立錐の隙間もなく、それはステージの上にまで及んでいた。ボランティアの人たちだろうか、懸命に一品一品に手を加えている姿があったが、今回の訪問時には一人もいなかった。

体育館に集められた被災品はきちんと手入れされ、思い出や形見になるものを探しに来る被災者のために、大変良く工夫されて置かれていることに目が奪われた。たくさんの被災者の方が助かったことだろう。

しかしながら被災品はまだまだ多く残されている。一点でも多く元の持ち主の方の手元に戻ることを願いたいが、かなりの困難を迎えていることは間違いないらしい。

すべてが復興したといえる日は、いつになることだろうか。 

       
名取市内から集積された被災品2 閖上小学校校庭と閖上中学校 閖上小学校校舎内 名取市内の惨状と復興の兆し
 
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