このご案内のコンサートは、すでに終了しておりますが、橋本先生とシンシナティ日本語補習校の関連紹介のために残してあります。

当日のコンサートで、上野文化会館に参集したロビーの様子は、こちらに納めてあります。


ご案内とご紹介です

ご無沙汰いたしております。お元気でしょうか。

世界的なチェンバロ奏者である橋本英二さん は、これまでも度々日本公演を行い、大変な好評を博していますが、この度5年ぶりに、再び来日します。
今回は、先生が精魂傾けて執筆された「バロックから初期古典派までの音楽の奏法」が、来月音楽之友社から出版されることを記念して来日されます。
公演は、下記チラシの通りです。橋本先生及びマネ−ジャーのカメラ-タ・東京様からご了解を得てご案内しています。
こちらにも紹介されています。

私が初めて橋本英二先生にお会いしたのは、1995年、シンシナティ日本語補習校校長時代でした。
このシンシナティ日本語学校は、1975年、すでに在住していた日系アメリカ人やすでにアメリカに進出していた日系企業の山崎鉄工(現Mazakマザック)やノリタケカンパニーインクの師弟のために、当地に住んでいた人たちの手によって開校された学校です。
33名で発足した学校も、今では約400名の生徒が学ぶシンシナティ補習授業校に発展していますが、創設当時初代理事長として奔走されたのが橋本先生です。

この7年前の1968年、世界を演奏旅行中にアメリカを訪問されていた橋本先生は、シンシナティ大学音楽部にハープシコード科の設立を依頼され、当地での活躍を開始されました。
以来、今日を迎えるわけですが、 私の赴任時は、ちょうど学校創立20周年を迎えていたことから、 その記念事業として、校章校歌の歌詞を公募し、その作曲をこの学校にゆかりのある橋本先生にお願いすることとなりました。
先生はたいへん快くお引き受けくださり、この学校に学んだ、そして今学ぶこども達や保護者の方々、関係者の方々の期待や心情を誰よりも理解されて作曲頂きました。
曲は、その心を受けて、明るく元気に満ちて表現をされており、未来を担い、躍進を続ける多くの人たちの期待を表現した素晴らしい「校歌」となっています。
ピアノ譜 はこちらでご覧ください。ブラウザによっては鮮明にするために拡大の必要があります。

先生の演奏会は、シンシナティ大学のホールで聴かせて頂いて以来、9年ぶりとなります。
あの時の感動に再び日本で耳にすることが出来る幸せに心を踊らせています。

皆さんに、ご案内とご紹介をいたします。

元シンシナティ日本語補習校 校長 福井史志

(チケットの入手は、直接私の所に連絡頂ければ手配できますが、その時はなるたけ10月12日頃までにメールでお願いします。)

CDの案内 ヘンデル&スカルラッティ  ハイドン;2つの協奏曲&三重奏曲