おめでとう
ございます。
めでたくお元気で101歳の誕生を迎えられました。
施設の最年長になりました。
顔色よろしく、施設の皆さんの愛情いっぱいの看護に、明るさで応えられて、人気者になっています。
訪ねて来られる娘さんと「九九」をしたり、カルタを読んだり、幸せいっぱいの毎日です。 |
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お休みでしたが、話しかけると目を開けられて、わかったようでした。
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声を上げて喜ばれました  |

施設の廊下の壁には、数々の楽しい行事の模様が掲示されていました。
中央には101歳の誕生祝いの色紙が飾られていました。 |
 
色紙には語りかけるお元気な姿が・・・。 部屋入り口に飾られていました。 |
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お正月の書き初めです。 101歳の書とは思えないですね。 |
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竹末施設長さんと懇談。
藤中吹奏楽部の出身である施設長さんは、自分が在校生時代に副部長として大活躍した部の創設者が渡辺信太校長先生であることを知り、今自分が施設長としての責任ある立場から関わっていること、お父さんも育成会役員としてその活動に尽力していたことを思い出し、目に見えない不思議な縁の結びつきに感慨しきりだった
父親譲りの行動力・指導力や人を大事にすることの大切な人間性、経験から学んだとを活かしていこうする謙虚さ、入居者や世話する職員と目線を同じにして対応することを第一にして服装まで同じくしている姿には敬服させられた。職員からの人望が厚いのも、経営にそれらを活かして施設内を家庭的に一体化させているのも、これほど収容力の大きい施設内にありながら、管理が隅々まで行き届いているのも、どれもがなるほどと深く納得させられるものばかりであった。
不思議な縁を感じる点はまだあった。この施設に奉職している人が施設長の他に、まだ3人も同じ部の出身者がいることだ。いずれも採用後にわかったということで、世間の狭さを改めて感じさせられた。施設長の配慮でその全ての人に会ってきたが、だれもが異口同音、この職場で働く喜びであふれていたことが印象的であった。
渡辺信太校長先生のお陰でこんな出逢いができて、私自身の心が軽やかになったことで、皆さんにお礼を言いたい。 |