シリーズ ハイキング 日光市板橋城跡

愛用している散歩道から撮影した
城 山 今 昔

頂上付近の木が切られて、まばらになったため見晴らしが良くなった。
          平成21年2月10日撮影


平成19年4月12日撮影

自宅2階から南の方向に見える城山と呼ばれる上の風景。散歩に行く時、毎回見慣れているこの風景だ。

しかし最近ある違いに気がついた。右の写真を見るとおり、頂上付近が妙にさっぱりしているのだ。でもあまり気に留めていなかった。

そのような折りに地元板橋の田辺区長さんにお会いした。さっそく城山の話になり、現板橋の区長であり、現役引退を契機として、地元の歴史に関心を持ち始めていた田辺さんが、城山の歴史を調べるうちにその重さに気づき、調査の結果をまとめて下記の本の発行に至ったのが昨年(平成20年7月)だ。
                            著書 日光山麓の郷「板橋の歴史」 平成20年7月発行 著者 田邊博林 日光市板橋在住

その後調査を進めるに従って、大切な郷土の歴史が誤認されているところがあることに気がつき、このことを多くの人に知らせなくてはならないと考え、その調査の結果はふくれあがる一方となった。郷土のために何かしなければならないとの責務に駆りたてられ、調査結果を正しく後世にに伝えるために、本にまとめようと、今執筆活動に力を注いでいるという。近く2冊目として刊行される見通しになっている。

城山については、まず地元の地域住民への啓蒙が重要と考え、地区内の学校での講演にも積極的に協力を申し出るなどして活躍中だ。さらに親しみやすい山にするために、地元の力と地権者の了解を得て、登山道の整備・標識の整備・見晴らしを確保するための一部立木の伐採・東屋の設置・休憩用ベンチの設置などの整備に当たった。

その話を伺って、今回早速2回目の登山をしたが、前回とは比較にならない整備が進められていた。その一部を以下のページでお知らせしたい。

住民の利用は始まっていた。前回は誰一人会わなかったのに、今回はたくさんの人に出会った。中でも旧今市在住の二人連れの女性にあったが、すでにこの山に登るのは初めてではないという。全国の山を登っていて、これからも次々と予定があるので、今日は身体慣らしに来たのだという。すでに百名山の登頂も達成している彼女は、確かに若々しくて、健康の秘訣として歩くことの意義をたくさん話を聞くことができた。頂上の東屋で昼食をともにしながらのこのような触れ合いが持てたのも、このような素晴らしい場所を整備して頂いたからであり、たいへん有り難いことと感謝している。今後も多くの方達の憩いの場となることだろう。

帰り道にある天狗岩の案内を受けて、一緒に下山始めたが、途中から彼女たちに先にいってもらった。後ろから眺めていて、その身のこなしとスピードには舌を巻くばかりだった。全く年齢を感じさせなかった。アッという間に我々の視界から消えていって、唖然とするばかりであった。

城山について、詳しくは、「日本城郭体系」 「栃木県の中世城館跡」のホームページ参照を参照するといい。

コース

自宅10:43発 → 徒歩広域農道城山登り口11:08 → 階段上登山道へ11:15 → 第1峰11:24 → 第2峰11:32 → 城山頂上11:51 → 昼食 → 下山開始13:26 → 天狗岩13:37 → 城山登り口14:34 → 自宅15:10

その他の散策地

天狗岩

下野大沢駅を出て、南に向かい、広域農道を板橋の宿に向かって進むと左側に左のような看板を目にすることができる。

ここが城山城跡への登り口だ。

 

この左手に、送電線が通っていて、その下に、ほぼ山に垂直に直登する階段が設置されている。

 

200段弱だが、かなりきつい。一気にあがれず、2回休憩して、計7分かかった。

これは、中間から振り向いて下の方を撮影した写真だ。

ここから最初の郭に向かう。

10分程で最初の郭に着く。ここは比較的楽だ。

ここを過ぎて少し行くと2つ目の郭に登る階段が見えてくる。
2つ目の郭には、愛宕神社と羽黒山神社が祭られている。
右手には思惑ありげな石があり、周りには小石に地蔵らしきものを書いたものが並べられていた。
愛宕神社 羽黒山神社左側面 羽黒山神社正面
2つ目の郭を出るとすぐ下りになるが、そこには丸太を組んだだけの小さな鳥居がある。しかし朽ち始めており、柱の根本も朽ちていて非常に危険な状態だ。

3分ほど進むといよいよ最後の登りだ。

ここをまっすぐ登るように、新しい登山道の矢印標識が設置された。

しかしここは実は二股になっている。右に行く道があるが、これは作業用の林道になっていて、平坦に近い道で天狗岩に行くことができる。

左の写真には、古い山道だけが写ってしまったが、その脇には一番左の写真のように、今回整備された階段があって、大変登りやすくなっている。ただし急で息が切れる。

天狗岩から頂上に登る道は、やや距離はあるもののその分傾斜が緩やかで、たいへん登りやすい。

帰りに、山の反対側にある天狗岩を見るために下山を始めたが、そこから林道を戻ってくるとこの位置に出たことによってわかったことである。

3つ目の郭に向かう急峻な登りが見えてくる。かなりきつかった。
登り切ると3つ目の郭、つまり頂上到着だ。 同時に左手の眺望が一気に開ける。南方面、猪倉宇都宮方面、右手が鹿沼方面だ。
頂上にある「板橋城跡」の案内板。歴史が記されている。 自宅の標高は304m、標高差約140mの登山だ。 山頂は、昔から南側の眺望が良く、ベンチが置かれている。

立派な東屋が新設され、突然の雨をしのぐことができるようになった。

山頂中央の東屋と、南側方面のパノラマ写真
左 城山登り口方面                                             右 天狗岩方面

北側今市日光方面。これまで立木で視界がふさがれていたが、今回の伐採により、見事に眺望が開けた。
北側山岳方面は特に美しい。
男体山を始めとして真っ白に冠雪している日光連山。この季節は年間の中でも最も積雪している時期ではないだろうか。寒々としている一方神々しい。

伐採により生まれた視界から飛び込む風景。

JR日光線の「下野大沢駅」を中心に人家が集まる。

 

並ぶようにすぐ手前が私の家だ。 

 

 

 

 

 

上の写真から、少し左に目を移すとこのような風景が広がる。

中央右手に、この地域の小学生が通う日光市立南原小学校

中央には突然途切れている道路が見えるが、鹿沼〜今市を結ぶ道路。3年後の開通目指して、目下工事中である。

中央より少し上の一体で、日光自動車道につながるインターチェンジができて、日光方面・藤原会津方面へのアクセスも大変便利になるなど、日光の交通の要所となる。

手前の田舎道は、自然の四季に触れながら時折散歩する愛用の道である。  

 

 

 

 

 

↑  整備された標識  ↓
東屋で出会った二人の女性。とにかく速い。

前方に見えるのが「天狗岩」。 むかし、板橋に事があると、日光から天狗が飛んできてここに降り立ち、板橋を救った、といい伝えられている。
この小さな四角形の穴が、天狗の下駄の歯の跡であるといわれている。
中央 77歳 石塚さん  右 72歳 阿久津さん
平成21年2月10日(火)   9976歩